東西文化研究ノート

東西文化の融和体得者を育成せんことを建学精神とする両洋学園の創立者・中根正親先生の「両洋精神」と、国民教育の友とならんと「社団法人実践人の家」を創始された教育哲学者・森信三先生の「全一学」に魅せられて、「東西文化の融合は大和民族の世界史的使命である!」というテーマに的を絞って東西両洋文化の研究をしている管理人のブログです。
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東西文化融合の旗手たち(三)中根正親−教育革命に命を懸けて−(1)
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    教育は愛でなければならぬ
                                      中根正親

    教育は愛でなければならぬ

    教育は詩であり歌でなければならぬ

    教育は絵であり夢でなければならぬ

    教育はあこがれでなければならぬ

    教育は祈りでなければならぬ

    教育は真実でなければならぬ

    教育は力でなければならぬ

    教育は涙でなければならぬ

     

    1、学園葬は終った

    1984年9月11日、両洋学園名誉理事長、中根正親の両洋学園葬が、両洋学園内の講堂に於て、多くの参列者を迎えて、しめやかに執り行われた。

     

    安田理事長の式辞に続いて、多くの来賓、卒業生、在校生代表の弔辞が捧げられたが、その中で、台湾の卒業生(約千名)を代表して来日した林大津氏(元中山医学院付属病院薬剤部主任)の弔辞は感動的であった。

     

    「・・・はるばると海を越え、親元を離れての、文字通り笈を負っての学園生活、不安と戸惑いの中で、肉親の愛をはるかに上回る中根校長先生の教育実践。私たち台湾の卒業生の今日あるは、先生の温かい愛情のおかげで、先生のこの広大なる御恩は・・・」

     

    とうとう台湾代表の林大津氏は、感動の余り、嗚咽して弔辞を中断し、中根正親校長の遺影の前で大声を張り上げて泣き出してしまった。

     

    「・・・中根校長先生、先生の御恩は、私たち台湾の卒業生はいついつまでも忘れません。台湾の卒業生は一人残らず同じ気持ちです。中根校長先生、どうぞ安らかにお眠りください。」

     

    学窓を巣立って半世紀が経つというのに、しっかりした日本語で読み上げられた台湾代表の涙の弔辞、多くの参列者もまた目頭を押さえた。だが、安田理事長をはじめ、参列者一同が、どんなに声を大にして「中根校長、安らかに!」と申し上げたところで、おそらく中根正親は、「バカを言うな!このままで私が安らかに眠れると本当にお前たちは思うのか。教育革命貫徹の日まで、眠ってなどおれんわい。私は死んでもやめんのじゃ!」と言われるに違いない。

     

    肉体の制約から解放された中根正親の魂は、この時とばかりに天翔り国翔り、自由自在になって、大活躍されるに違いない。「両洋の森」を拠点とし、教育革命の鬼神と化した中根正親の雄姿が私には見えるようだった。

     

    ともあれ、学園葬は終った。この学園葬は伝統ある両洋学園の校史の前半をしめくくる一つのピリオドであり、新時代を迎える学園の烽火(のろし)でもあった。

    | 中根正親 | 14:35 | comments(0) | - |
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