東西文化研究ノート

東西文化の融和体得者を育成せんことを建学精神とする両洋学園の創立者・中根正親先生の「両洋精神」と、国民教育の友とならんと「社団法人実践人の家」を創始された教育哲学者・森信三先生の「全一学」に魅せられて、「東西文化の融合は大和民族の世界史的使命である!」というテーマに的を絞って東西両洋文化の研究をしている管理人のブログです。
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東西文化融合の旗手たち(一)新井奥邃−明治維新が生んだ、キリストの志願奴隷戦士−(3)
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    上より我等を召す微かなる声あり。「起ちて我に従え」と。之を聞けば仰がざるなし。之を仰げば、感じて其の愛の深きを讃嘆せずんばあらざるなり。ああ我に力なし。如何にして起たん。然れども誠に能く主に従はんと欲せば、必ず其の力を上より下し給はざるなし。(『奥邃広録』)

     

    3、日本史における新井奥邃の位置
    新井奥邃は1922年(大正11年)6月16日、77才でこの世を去った。帰幽後、今年(平成2年)で68年になろうとしているが、世の多くの人々は「奥邃」という名前さえ知らない。それは、新井奥邃の生涯が、真にキリストに倣い、キリストの志願奴隷として「謙」に徹した「隠者」そのものであったことによるが、門弟「永島忠重」の努力によって新井奥邃に関する著書が次々と刊行されていたこと、維新前後の海外留学生の研究や田中正造研究、新井先生記念会の会員らによる研究、奥邃門下の数少ない生存者、元早大教授・工藤直太郎氏の著書『新井奥邃の思想』等々によって、新井奥邃研究は、今日ようやく世の注目を浴びるに到った。

    新井奥邃の生涯は、世俗的にはキリスト者として「謙」と「祈り」に徹した静かなものであったが、反面、日々キリストの道を行ずる人としての激しい内面生活があった。そうした新井奥邃の日常生活や、その他の新井奥邃に関する資料を読むうち、新井奥邃は森信三先生が指摘されるように、日本史上稀に見るキリスト精神の体得融和者であり、私たち日本民族にキリスト教理解への大きな「架橋」を残した東西文化融合の旗手だと思えるのである。

    明治維新以後、日本の留学生たちが海外で学んできた学問や文化は、得てして観念上の知的理解に留まり、真に自己の血肉と化すところまで到達しなかったことが多く、夏目漱石をして明治維新を「外発的の開花」と嘆かせた如く、真に我々日本民族の文化として融和されていなかったように思われる。

    こうした状況の中で、新井奥邃のキリスト教理解は、キリスト教の真髄を「道」として体得し、イエス・キリストと一心同体となったごとくに思われ、私は新井奥邃に「東西文化の融和者」を見るのである。


    【参考資料】
    知られざるいのちの思想家―新井奥邃を読みとく


    新井奥邃先生略伝(永島忠重)
    新井奥邃―公快共楽の栄郷を志向した越境者 (公共する人間 5)


    新井奥邃の思想 (1984年) (新井奥邃の人と思想〈1〉)


    内観祈祷録・奥邃先生の面影 (1984年) (新井奥邃の人と思想〈2〉)

    | 新井奥邃 | 17:28 | comments(0) | - |
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